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“やっても無駄だし…”“みんなと違ってダメだし…”“自分には価値がない…” etc.【間違ったネガティブなイメージ】が出来てしまうのは なぜ?

執筆者の写真:  かきのき教育支援室コンブリオ yukie
かきのき教育支援室コンブリオ yukie
2023年10月21日
読了時間: 5分

更新日:2 日前

※この記事では、子どもや大人の反応を理解するために、私自身が長年の学びと実践の中で使ってきた「ひとつの見方」をご紹介します。人の心の仕組みをこれだけで説明できる、すべての人に同じように当てはまる、という意味ではありません。目の前の人に何が起きているのかを考えるための、ひとつの地図として読んでいただければと思います。


幼い子どもは、まだ物事をいくつもの面から捉える力が育っている途中です。

そのため、特に自分にとって大切なことでは、

「できた/できない」「好き/嫌い」「受け入れてもらえた/受け入れてもらえなかった」

というように、物事を大きく二つに分けて受け取ることがあります。

会員歴の長い皆さんには、耳タコ状態かもしれません(笑)。


私が人を見るときの、ひとつの土台

ここからは、私自身が長年、人の心や変化に関わる中で大切にしてきた人間観について少し書きます。


私は、人の奥には、

「安心してつながっていたい」「受け入れられたい」「満たされたい」

という、とても根源的な方向があると捉えています。

以前は「純度100%のピュアな心」「人の本質は愛」という言葉で説明していました。

こう書くと、「性善説?」「ちょっと怪しくない?」と思う方もいるかもしれません。

実際、私も若い頃にこれだけを聞いたら、かなり怪しいと思ったと思います(笑)。


これは心理学上の定説としてお伝えしているものではありません。

私自身が心や感情について学び、約20年にわたって自分や他者の心のプロセスに関わる中で、人を理解するときの土台として持つようになった見方です。


人が困った行動をしているときも、怒っているときも、誰かを遠ざけているときも、

その奥までたどっていくと、

「本当は安心したかった」「わかってほしかった」「大切にされたかった」

という方向が見えてくることがあります。


うまくいっているところは、案外気づかない


人生の中でうまくいっている部分では、

「自分はこれで大丈夫」「人と違っていても大丈夫」「困ったら誰かに聞けばいい」

など、自分や周囲に対する見方にある程度の幅があります。

ところが、こうした部分は本人にとってあまりにも普通なので、わざわざ意識されないことも多いものです。



では、ネガティブなイメージはどうできるのでしょう

子どもは、安心したい、受け入れられたいという思いを強く持っています。

そのため、自分にとって大切な場面で期待と現実が大きくずれたとき、その出来事をとても強い意味で受け取ることがあります。


たとえば、

「失敗した」という出来事が、「私はできない」になったり、

誰かに強く注意された経験が、「私は嫌われている」になったりする。

もちろん、同じ出来事があっても、すべての子どもが同じように受け取るわけではありません。


何をつらいと感じるか、どんな意味を持たせるかは、一人ひとり違います。

外から見れば小さな出来事でも、その子にとっては大きな出来事になることがあります。

逆に、大人から見れば大変そうな出来事でも、本人はそれほど傷ついていないこともあります。だから、出来事の大きさだけでは、その子に何が起きたのかは分かりません。



「出来事」そのものより、そこから作られた見え方

一度、

「自分はできない」「どうせ受け入れてもらえない」「人は信用できない」

という見方が強くなると、その後の出来事も、その見方を通して受け取りやすくなることがあります。


すると、

「やっぱり私はできない」「ほら、また嫌われた」

と、それまでの見方がさらに確かなものに感じられていきます。


コンブリオでは、こうしてその人の中にできあがった「世界の見え方」を、ひとつのイメージや地図のようなものとして考えています。


そして、自分を守る反応が出てくる

その見え方に触れると苦しいため、人は無意識に自分を守ろうとします。

怒る。黙る。避ける。ふざける。人のせいにする。最初から「やらない」と言う。

一見すると困った行動に見えても、

「この子は、何から自分を守ろうとしているのだろう?」

という視点を加えると、少し違うものが見えてくることがあります。

もちろん、

「この行動だから、きっとこの気持ち」

と決めつけることはできません。

そのときの状況や本人の様子を見ながら、

「もしかすると、こう感じていたのかな」

と、一つずつ確かめていきます。


次回からは、

その子には世界がどう見えているのか 

↓

そこからどんな防衛や反応が起きるのか

↓

その見え方がどう変わっていくのか

という順番で、もう少し具体的に見ていきたいと思います。


最後に

ここでいう「愛」は、何でも許すことや、いつも優しくすることではありません。

私がここで使っているのは、

安心してつながりたい受け入れられたい満たされたい

という、人の中にある根源的な方向を表す言葉です。

現実の生活では、望んだことがすべて叶うわけではありません。

人と自分は違いますし、失敗することも、思い通りにならないこともあります。

そうした経験の中で、

「思い通りにならなくても、自分は大丈夫」「相手と違っていても、つながっていられる」

という新しい経験が重なると、それまでの世界の見え方が少しずつ広がっていくことがあります。

コンブリオでは、ネガティブなイメージを「間違っているから直す」のではなく、

その見え方がどうして必要になったのかを見ながら、新しい経験を重ね、地図を更新していく

という方向を大切にしています。

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